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行って来ました

 

散乱していた浮き球が野積みされていました。

震災で大きな被害を受けた大船渡市三陸町綾里に再度行って来ました。

今回はお見舞いと言うより、震災のあの日から行方不明のまま時間ばかりが過ぎた、義理のお姉さんの葬儀に参列する事が目的でした。

長兄の3人の子供たちは母親の死を認めがたく、奇跡があるかもしれないと硬く信じておりました。

死亡であれば遺体が見つかって確認が出来、納得の葬儀が出来るはずですが、遺体が見つからず行方不明のままで葬儀を出すと言う事は、それなりに想い悩み葛藤を繰り返し何度か相談もありました。

とりわけ書類関係で命日は23,3,11となる事、そうなると8月が新盆、お寺さんに相談をしたところ親族の気持ちは充分分かるが、あの惨状と今日 までの日数を考えると生存は無理、亡くなったと考えるのが自然、本人が成仏出来ないままでは尚可哀想、供養して差し上げてはどうかとのお言葉に、一応の理 解とけじめも必要と納得、葬儀の運びとなりました。

先日親戚一同が参列してお寺での供養のお経を頂き、何一つ遺品も無く納骨は真似事に墓石を動かしただけ、それでも気持ちは葬儀を出した証と受け止め皆が納得、精進落としの後は個人を偲びセレモニーホールの一室を借りての宿泊となりました。

綾里中のグランドに仮説住宅

喪主は仮設住宅に入る事もできとりあえず母親はいませんが家族の再出発が出来た事に感謝しておりました。

仮設住宅我が家の前で

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