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震災その後

先日の帰郷時の震災その後の写真を撮って来ました。

変わり映えなし

この大橋の右側が海岸、奥の緑に見える所は元の住宅地です。

右側の海

住宅跡は草が生え、ガレキは無いものの、復興の兆しは何にも見えません、右奥先端が湾の突端です。

港の突端

湾の突端に行って見ました、防波堤を兼ねた桟橋の荷捌き地は、見るも無残に壊れ水没したままです。

気仙沼の姉の家があった所に

理容と美容を

左側が理容、右側が美容院を、ここも住宅跡地は草ぼうぼうです。

ホテル磯村

真向かいの「ホテル磯村」建物はそのままのようですが、津波は3階まで到達、現在は営業はしておりません。

陸前高田市長部、ここにも姉が

長部漁協

堤防の海側に長部漁協が現在は廃屋、3階まで水没。

水門?

長部漁協に通ずる道が水没、左側ブロック2つ目位に姉の家がありました、現在は行かれません。

大船渡も、陸前高田も気仙沼もガレキは片付いた感はありますが、復旧復興に向ってはまだまだ先が見えません、震災後何も変わっていない、住宅を建てる場所が無い、元の住宅地は草に覆われて荒れ放題に、海岸線は地盤沈下で船舶の係留場所が制限され、海が荒れるとまたまた被害が出る、早く何とかしないと、とそんな気がしても、なすすべが無い、でも地元は頑張っている、頑張るしかない。

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