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2013-01

理想の鶏小屋

月曜から火曜日の学校が休みと水曜日の3日間集中的に理想の鶏小屋を目指してもくもく作業をしました。

堆肥場

堆肥場

この堆肥場の上に鶏小屋を作る事にしました。

取り外し床

取り外し床

作業に夢中になって途中の写真が無いのが残念ですが、試行錯誤の結果、育苗箱のサイズを基本に割り出し底板、壁板に利用する事にしました。掃除の事を考えて全ての底板を外せるように工夫、真ん中の横棒で下からの風での持ち上がりを防ぐようにしました。

この棒を引き抜き下から押し上げれば底板は外れゴミは下に、下は堆肥場ですからここから出る鶏糞や籾殻、米糠は最高の肥料となります。

屋根が乗りました

屋根が乗りました

パーテーションを90度に組み合わせボルトで接合して、屋根の形にしましたが、重たいので一人では乗せる事は出来ないので、友達に手伝って貰い屋根の位置にセットする事が出来ました。三角屋根の鶏小屋になりました。

我が家の田んぼで採れたお米は籾で保管中です、精米のその都度籾殻と米糠が大量に発生します、これからは鶏の足元に敷いて活用します、木工作業で出る自動カンナの屑もいけそうです。

産卵場所

産卵場所

未完成ですがここに産卵箱を二つ置くことにします。

外から

外から

卵は外から取り出せるように引き戸を取り付けました、この場所で産卵してくれるといいのですが。

水盤を

水盤を

エレクターは産卵側の反対側で使うことにしました、ここに飲み水の容器(水盤)を外側からセットして鶏の糞が入らないようにして見ました。

 

エサ箱

エサ箱

エサ箱も外から入れて、内側の鶏さん達がついばめる様に90度のV字型にしました、焼き鳥の網はV字の真中に仕切板として垂れ下げました。

右が生ごみ用に

右が生ごみ用に

生ゴミの野菜くずも入れられるように3分の1だけ大きく加工しました。

エレクター面とえさ箱の面を雨の日や夜は雨戸の役を育苗箱でカバーするように工夫します。

 

このまま

このまま

オーデオの窓枠はそのまま使います、丸窓はアクリル板が張ってあります、真中の角窓は観音開きの出入口にする事にしました、一寸遊び心を入れた扉にしようと思いますがまだ未完成です。

三層になる様に棚を作って、順次階段で上の段に行ける様にします、止まり木の横棒も作れば、外敵から遠くなるので安心して休めると思います。

大分出来ました

大分出来ました

裏側の壁も9割方出来ました、壁面は2枚合わせにしました、表のセンターの右側は板で鎧張りに、左側は金網を張ります。

理想は外側からエサと水がやれて、卵も外から取れること、そして掃除が簡単で鶏が安心して休めること、運動は外に出して好きなように遊ばせることを念頭に置いて、快適な理想の鶏小屋を目指しています。

 

 

鶏小屋

落ち葉を拾い集めて堆肥を作っていた処を、本格的に堆肥場を作ろうと取り掛かっていたんですが、カヌークラブのメンバーが鶏を譲ってくれると言うので急遽鶏小屋を作る事にしました。

堆肥場

堆肥場

小屋を作る適当な場所が見当たらないので堆肥場の上に作る事にしました。

育苗箱

育苗箱

隣の元農家さんが田んぼの苗を作った育苗箱が沢山残っていて、始末に困っていたので堆肥場のベニヤの腐食防止に、立てかけ使う事にしていたんですが、まだ沢山有るのでこれも利用して、廃物利用の楽しい鶏小屋を作って見ようかと思っています。

スピーカー残骸

スピーカー残骸

いつか何かの役に立つかと取って置いた、息子のカーオーディオのスピーカーボックスの残骸も使えそうです。

エレクター

エレクター

半端に残っていたエレクターも。

網

BBQの網も、良さそう。

パーテーション

パーテーション

極めつけは後片付けのお手伝いに行った時に、何となく貰ってきたパーテーション2枚、これらを使って鶏小屋を作るイメージが出来ました。

法華遊歩道

偶然迷い込んだ所が中々の所だったので写真を撮ってきたんですが、結構有名な所でした。

標識

標識

富浦の南無谷海岸と豊岡海岸の境にあたる突端は、車では行けない行き止まり、とても景色がいいのでその先は徒歩で奥えと進んでみました、素晴らしい景色が待っていました、景勝地だったんです。

夕日に輝く

夕日に輝く

法華遊歩道入り口から、島が西日に輝き幻想的な景色に見惚れました。

輝いている右側の岩が「雀岩」と分かりました。

もうひとつ左側のトンネルが訳ありの代物のようです。

きらきらと

きらきらと

二つの岩にしめ縄を渡して厳かな神事がそしたら一躍観光名所に間違いなし。

名盤

名盤

先端に方位とここから見える景勝地の刻まれた名盤があり、今日は富士山は見えませんでした。

訳ありの代物がネットで見つかりました日本一だそうです。

写真を沢山撮りましたがリンクの方にお任せしました。

 

六一会

昭和61年から上佐久間下部落の有志で続けてこられた、成田山初詣に今年も参加させて頂きました。

冷え込みました

冷え込みました

6時半集合で自宅を出ましたが、今朝もとても冷え込み真っ白に霜が降りていました。

凄い人です

凄い人です

20名で小型観光バスで成田山に午前中早い時間ですが凄い人です。

拝殿前

拝殿前

拝殿前も吸い込まれるように人の波が絶えません。

昼食は讃岐

昼食は讃岐会館で

東京さぬき倶楽部

東京さぬき倶楽部

昼食は麻布のさぬき倶楽部での会席料理。

満腹で笑顔

満腹で笑顔

出る物全てが美味しくて大満足の食事となりました。

バス移動で浅草に。

社殿

拝殿

駐車場の都合で浅草寺の横道からの境内入り、参拝する人の波は成田山以上の人ごみです。

振り返ると

振り返ると

参拝後に浅草駅方向に移動。

益々の人

益々の人

仲見世通りの人ごみは混雑した電車並みでごった返して人、人、人

足元の駅

足元の駅前

浅草駅から一駅「東京スカイツリー駅」に電車で移動、団体での移動は不可能な人ごみなので、ここからは2時間ばかりの自由行動。集合場所はここ、時間を決めて別行動になりました。

足元から

足元から

余りにも近すぎて写真ポイントを探すのに周辺を行ったり来たり広いスペースを歩くのに疲れました。

kkkk

スカイツリー入り口

昼前の段階で整理券は17時台との事、上ることは諦めてのスカイツリー見物でしたが「東京そらまち」の散策がメーンになりました。

8階に有る「千葉工業大学」の福島原発で活躍のレスキューロボットの実演が見られた事も良かったです。

 

版ぎ会

版画の会(版ぎ会)の新年会を兼ねた個展展示のため作品を持ち込みました。

会場はJR新川崎の「琴」と言う「スナック 喫茶」に行って来ました。

今日から2月2日まで13人の作品が展示されています。

展示順備中

展示順備中

1月、2月、3月

右から1、2、3月

右から4、5、6、7月

右から4、5、6、7月

右から8、9、10月

右から8、9、10月

右から11、12、表紙

右から11、12、表紙

カレンダーを飾る版画とは又違って、展示された額入り作品は、何れもライト浴びいきいきと映えて見えました。

来年の担当月も決まり私は6月の担当と決りました。

お店の前で

お店の前で

集合写真は帰り際、フラッシュが焚けず私のカメラでは諦めました。

川崎まで電車で3時間往復6時間の長旅でした。

折角個展の開催をしても、期間中友人知人を、案内する事も出きず心苦しい思いです。

明日は地元の方達と成田山に初詣、一寸お疲れです。

 

 

 

午後に行きました

昼までに坂道の氷も解けて車で通れるようになりました。お天道様はありがたいです。館山の本校での午後の授業に駆けつけたら何と館山は雪が無いんです。

南房総はやっぱり温かいんですね。

鋸南はあんなに降ったのに、富山を越えると気候が変わるんですね。

車で30分南に移動しただけなのに、全然雪が無いんです。

 

学校行けません

南房総も大雪でした。

5時頃

夕方5時頃

吹雪のように降りました、辺り一面真っ白です。

 

この坂が

この坂が

明日が心配と思っていたら案の定この坂が上れません。

スコップで取り除けるかと思いきや凍っていてカチカチ、日が射しているのに寒くて解けてくれません。

今日から新学期と言うのに学校え行けません、電話で休みを告げましたが午後には行けるかな~。

 

行って来ました

田舎に行って来ました。

やっぱり一寸怖かったです、一ノ関でゴムチェーンを履きました。

天気には恵まれましたが、朝晩の冷え込みは半端じゃなく、寝袋を持って行って良かったです。

大船渡の様子は前回来た時より、少し工場らしき建物がちらほら見受けられる様になりました。

住宅地は何にも変わる事も無く、更地のまま寒々と広がっています。

煙が

煙が

大船渡市のシンボル太平洋セメントの工場から、ガレキの処理を兼ねた工場再開の煙が立ち込め、復興に向けた動きが確認されるほっとした風景です。

 

hっじゅうh

バス路線に変更

方や大船渡線は一ノ関から山間部を通っている気仙沼駅までが開通、折り返し運転中、その先は海岸を通るルートで大船渡まではことごとく津波にやられ、復旧の目処が立たず列車は諦め、線路を改修、バス路線にする為の工事が進んでいました。

バス路線は終点の盛駅まで、その先三陸鉄道は綾里を通って吉浜駅までを6月に再開するための工事が急ピッチで進められています。

 

結露

結露

仮設住宅に非難している実家に寄って来ました、寒い寒い部屋の中暖房しても間に合いません、台所の天井から滴が落ちてきて床をぬらす、朝には玄関の戸が凍りついて開かない、避難生活は想像を超えます。

隙間にテープも

隙間にテープも

吹き付ける寒風はテープで目張り、それでも何処からか隙間風が、冬寒く夏暑い仮設住宅での生活が何時まで続くことやら、集団移転の目処が立たない現状に、個人が宅地を物色する高台の土地は、これも想像を超える高騰に驚くばかり、この先どうなって行く事やら先が思いやられます。

 

田舎に

不幸があって田舎に行くことになりました。

姉の連れ合いが84歳で亡くなり10日通夜で11日告別式の連絡がありました。

冬の時期に車で東北に行くのは一寸心配です、東北自動車道を使って10時間、雪やアイスバーンが怖いんです、一応タイヤバンドは持っていきます。

遅くなりました

Hさんからの募金の報告が遅くなりました。

年が明けましたので先々月の分と先月の分を預って綾里漁協に送ったことを記録に残していませんでした。

11回目は11月28日に12回目は12月の27日に預り、その日に漁協に送りました。

Hさんは本当に1年間続けて下さり「最初決めた想いを実行する事ができました」と最終を告げる12回目をお持ちになりました。

本当に有難うございました、綾里漁協に成り代わりお礼を申し述べました。

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